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舌で大地を味わうワイン選び
坂本酒店 7千本の地下ワインセラー
飛騨街道の中でも一番高い場所を走るここ高山市久々野町。りんごや桃といった果物の生産とともに、縄文ロマンの息吹を感じられる谷あいの町です。
1972年(昭和47年)、地元の中学校の郷土クラブによって発見されたこの遺跡。冬季は積雪も多く、かつては生活や交通面でも障害が多く厳しい自然環境の飛騨地区ですが、1,000mをこえる山間地からも石器や縄文土器が出土したことで、太古より人々の暮らしが営まれていたことがわかる発見でもありました。
そんな土地柄からなのか、地表に飽き足らず、さらに時代をさかのぼり地球科学に好奇心を持ち、知識を深め、それをなんと家業に反映させてしまったという方がいます。
商店街もない小さな町の、三角屋根とレンガの壁のお店。ここが地下セラーに世界中のワインを揃える「坂本酒店」です。
四代目店主の坂本雄一さんは、ソムリエやジャーナリストといったワインのエキスパートからも一目置かれる異色の存在。
四代目店主の坂本雄一さん。ワイン地質学研究家で海洋地質学理学修士でもあります。
「大学と大学院で海洋地質学を学び、サーベイヤーとして海洋地質調査会社で大陸をつなぐ光ケーブルなどの調査に携わっていました。結婚して子供が産まれたことをきっかけに、子育ては田舎がいい、と19年前に戻り実家の酒屋を継ぐことになったんです。
酒類の販売が免許でなく、許可制になり町の酒屋としては終わっていく時代でしたが、父が30年前からドイツワインの販売を始め、地下にワインセラーを作り、当時から世界中のワイン7千本を揃えていたことが大きいですね。」
いざワイン業界にかかわってみると、自分が学んできた地質学と大きくかかわってくることがわかります。テキストでどの産地が、どんな土壌か…そんなことを夢中で調べるうち、チャンスが巡ってきました。
「2005年にドイツワインの販売店に向けた陳列コンクールがあったんです。そこでまるで大学の地質学のレポートのような報告書を提出して最優秀賞をいただいたんです。その副賞として1週間、ドイツのワイナリーに行くことができました。」
本で調べるのと、実際目で見て触れて確かめるのは大違いです。ひとり、興奮しながら訪れたブドウ畑で土に触れ、石ころを拾いながらワインを飲んで確かめて…と繰り返していました。
そこで、同行していたソムリエ達がワインを見て話を聞いているのに、君は畑で石ころばかり拾っているのが面白い、と声を掛けられます。
その人はワイン関連の本の編集長をしており、そこからワイン雑誌「ヴィノテーク」の取材の話が入り、イタリアはじめフランスやオーストリアなど、コロナ禍までの14年間に12ヶ国の40近い産地へ訪問、記事を紹介することとなります。
「いいワイン畑は、一般的に南向きの日当たりが良い斜面で、光合成が活発なあたたかい畑といわれますが、地質学の見地から見ると石灰岩、花崗岩、スレート、保水性を持つ粘土が多い少ないなどの特徴があり、さらにそこにあった品種、栽培方法、台木の選び方、収穫、発酵方法とさまざまな要素が絡んできます。
例えば、ジュラ紀後期 石灰岩の多い土地でピノノワールを作るとこうなる、と想像ができるんですよ。たとえばこんな貨幣石(主に海岸で見つかる有孔虫の化石)などのある石灰岩、地中海が蒸発して隆起してできたであろう石膏の分布する畑でブドウを作ると、ミネラルの多いしょっぱさを感じるワインになったり、といった具合です。」
坂本さんのところに集まって来たワイン畑の化石達を前に、話はドラえもんのタイムマシーンに乗るように時間を過去に遡り広がります。
異色の経歴は、日本堆積学会、飛騨地学研究会、日本地質学会にも所属し、地質学の面からワインを伝えたい、という雄一さんの仕事は、お店だけにとどまらず、2010年より2019年まで「ワインと地質学」をテーマに、田崎真也ワインサロンにて、臨時講座の講師としても活躍。 2年間かけてワイン生産者やソムリエ必読の書とも言われる「テロワール 大地の歴史に刻まれたフランスワイン」ジェームズ E.ウィルソン著の監訳にも携わりました。
そして大学院で学んだ地図や地形図の製図の知識をもとに、2022年イタリアワインの産地を紹介するガイド本「イタリアワイン産地ガイド ~地図でわかるDOCGとDOC~」 中川原まゆみ著のすべての作図に携わります。
地元でもワイン会や、講座などでも活躍する雄一さんですがワインの輸入と生産はやらない、と決めています。あくまでも自身は販売のプロでありたい。そのためのスキルとして地質学の面から伝える仕事に徹しています。お店に並べるワインはあくまでも試飲して美味しいもの。背景は二の次だと言います。試飲しながら説明を受けることで、やっぱりここの土地のワインはいいな、と答え合わせをすることが多いのだそう。
「地質好きにワインを、ワイン好きに地質学を、それぞれ興味を持ってもらう、好きになってもらえたら最高ですね。」
ワイン好きでなくとも驚く 圧巻の地下ワインセラー。今後はハンガリー、ルーマニア、モルドバ、ポルトガル、タスマニアなどまだ知られていない産地のワインも充実させたいそう。
「このワインセラーは、博物館のような場所にしたい、と思っているんです。」と雄一さん。
フランスワイン、ドイツ、イタリアといった産地別に4つの部屋に分かれ、見ても楽しく、ワインの知識だけでなく、歴史に思いをはせたり、好奇心がかきたてられたりする場所。
このワインセラーでの雄一さんとの会話は、ワインの知識に乏しい私たちでも、ただ教えてもらう、というよりも、それぞれに合った知識の発見や好奇心を刺激しながら、新しいワインの楽しみ方が見つかるような楽しさに溢れています。
地元でもこだわりの飲食店のみならず、プレゼントやお祝いなどのイベントに、とっておきのワインを探しに訪れるファンの多い坂本酒店。ワインショップというと敷居の高さも感じますが、その人の目的や嗜好に応じて、感じたままに会話しながら、自分の一本を見つける場所。
「今、それぞれにこの時間、この場所でこれを飲む理由というのがあると思うんです。そこに腑が落ちると言うか、ピタッとはまるお手伝いがしたいですね」と雄一さん。
まるでお茶席のように“飲む”という行為を超え、文化や美意識までも豊かに思い巡らせることで、ワインの世界は大きく広がっていくのでしょう。
では、例えば飛騨高山に旅行で来て、飛騨の味覚に合わせるとしたらどんなワインでしょうか?
「僕はスイスワインをおススメしますね。高山もスイスも同じように高い山に囲まれた自然豊かな土地です。飛騨の味覚は春の山菜、夏野菜や鮎、冬のきのこなど、繊細な和食も多いです。果実味たっぷりの明るいラテン系ノリのようなワインよりも、スイスのように緻密で繊細な高級時計も作れる国民性や気質が作り出す、こまやかで上品なスイスワインが合うと思います。ブルゴーニュのように有名な産地のワインもいいですが、旅先ではぜひ、新しい味の挑戦を楽しんでほしいですね。」
2023/10/6 更新 取材協力:有限会社 坂本酒店 代表取締役 坂本雄一さん
有限会社 坂本酒店
アクセス | 〒509-3214 岐阜県高山市久々野町無数河616-2 TEL:0577-52-2105 info@waiwai-wine.com |
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